大阪高等裁判所 平成9年(ネ)606号 判決 1998年9月25日
兵庫県三木市大村五六一番地
一審原告(第六〇六号事件被控人・第六四六号事件控訴人)
株式会社岡田金属工業所
右代表者代表取締役
岡田保
右同所
一審原告(第六〇六号事件被控訴人・第六四六号事件控訴人)
ゼット販売株式会社
右代表者代表取締役
岡田保
右両名訴訟代理人弁護士
酒井信次
同
田中稔子
右補佐人弁理士
大西健
新潟県南蒲原郡下田村大字上大浦四七四番地
一審被告(第六〇六号事件控訴人・第六四六号事件被控人)
バクマ工業株式会社
右代表者代表取締役
馬場幸
右訴訟代理人弁護士
坂井煕
同
斉木悦男
右補佐人弁理士
近藤彰
〔以下、一審原告(第六〇六号事件被控訴人・第六四六号事件控訴人)
株式会社岡田金属工業所を「原告岡田金属」、
同ゼット販売株式会社を「原告ゼット販売」といい、
一審被告(第六〇六号事件控訴人・第六四六号事件被控訴人)
バクマ工業株式会社を「被告」という。
その他の略称は、原判決のそれによる。〕
主文
一 原告らの控訴に基づき、原判決主文第二、三項を次のとおり変更する。
1 被告は、原告岡田金属に対し、一六九一万八八四一円を、原告ゼット販売に対し、四二二万四七一〇円をそれぞれ支払え。
2 原告らのその余の請求を棄却する。
二 被告の控訴を棄却する。
三 訴訟費用は、第一、二審を通じて、これを五分し、その三を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決の第一項の1のうち原審の認容額を超えて支払を命ずる部分は、仮に執行することができる。
五 原判決別紙「被告物品目録」、同「A品に属する鋸柄の説明書」、同「B品に属する鋸柄の説明書」及び原判決別表1-1、1-4を次のとおり更正する。
1 別紙「被告物品目録」の表六行目の「A」を「B」と、裏三行目及び四行目から五行目にかけての「バクマソー250」(二箇所)を「バクマソ-250・8寸目」とそれぞれ改める。
2 別紙「A品に属する鋸柄の説明書」の表一一行目の「凹分」を「凹部」と、裏八行目の「側基部」を「側面部」とそれぞれ改める。
3 別紙「B品に属する鋸柄の説明書」の表一一行目の「凹分」を「凹部」と改める。
4 別表1-1の「250:第二背金使用第1物件・合計」欄の「10,451」を「10,397」と改める。
5 別表1-4の「300替刃・平成5年小計」欄の「41,805」を「41,765」と、「250替刃・全合計」欄の「187,275」を「188,449」と、「265替刃・全合計」欄の「628,340」を「628,337」とそれぞれ改める。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 原告ら(当審において、実用新案権に基づき原判決別紙「被告物品目録」中第一「鋸柄」関係記載の鋸柄の製造・販売の差止め及び損書賠償を求める訴えを取り下げた。)
1 原判決中、原告ら敗訴の部分を取り消す。
2 被告は、原告岡田金属に対し、一億九七二一万二一五九円を、原告ゼット販売に対し、四九三〇万三〇四〇円をそれぞれ支払え。
3 被告の控訴を棄却する。
4 訴訟費用は第一、二審とも被告の負担とする。
5 2、4項につき仮執行宣言
二 被告
1 原判決中、被告敗訴の部分を取り消す。
2 原告らの請求をいずれも棄却する。
3 原告らの控訴をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は第一、二審とも原告らの負担とする。
第二 事案の概要
一 本件は、(一)原告岡田金属が、<1>本件意匠権侵害を理由とする被告鋸柄の製造販売の差止め、<2>不正競争防止法違反(周知商品表示混同惹起行為)又は本件商標権の侵害を理由とする被告替え刃の製造販売の差止め及び<3>それらに基づく損害賠償を、(二)原告ゼット販売が、<1>本件意匠権の独占的通常実施権侵害の不法行為に基づく損害賠償及び<2>本件商標権の独占的通常実施権侵害の不法行為又は不正競争防止法違反(前同)を理由とする損害賠償を求めた事案である(原告らは、当審において、実用新案権侵害を理由とする被告鋸柄の製造販売の差止め及び損害賠償を求める部分につき、訴えを取り下げた。)。
〔以下にいう岡田証言及び広川証言は、いずれも原審におけるものである。また、不正競争防止法の関係では「巾」といい、本件意匠権の関係では「幅」という。〕
二 前提となる事実
原告岡田金属の意匠権(本件意匠権)及び商標権(本件商標権)、原告らの商品(本件鋸柄・本件替え刃)の製造販売、被告の商品(被告鋸柄・被告替え刃)の製造販売、被告鋸柄の構造等、被告背金の意匠(イ号意匠)は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決六頁八行目から一四頁一行目までに記載のとおりである(ただし、実用新案権に関する部分を除く。)。
【原判決の訂正等】
1(本件意匠権)
六頁一〇行目の「甲四二」を「甲二〇、二一、四二、五八」と、一二行目を「出願日 昭和六一年四月二八日(意願平一-四八四三〇号・前実用新案出願日援用)」とそれぞれ改め、七頁二行目の「意匠公報」の次に
「(以下『本件意匠公報』という。)」を加え、四行日を「本件登録意匠は、本件意匠公報の図面記載のとおりのものであり、その構成は次のとおりである。」と改める。
2(本件商標権)
九頁二行目と三行目の間に「商品区分 第一三類」を加える。
3(被告背金の意匠)
(一) 一二頁七行目の「被告意匠」を「イ号意匠」と、八行目の「被告意匠の構成は次のとおりである。」を「イ号意匠は、原判決別紙『イ号意匠(A品に属する背金)』及び同『イ号意匠(B品に属する背金)』の各図面記載のとおりのものであり、その構成は次のとおりである。」とそれぞれ改める。
(二) 一三頁一行目の「嵌合部」の次に「(以下『柄装着部』ともいう。)」を加え、一一行目冒頭から一四頁一行目末尾までを次のとおりに改める。「また、(一)A品に属する背金(第二背金・第三背金)では、保持部は、同幅状とした部分において、二枚の折片の下縁が相互に接し、保持部の下縁側から縦幅のほぼ三分の一の位置から下縁にかけて次第に閉塞していく態様をなしており、保持部の下縁側から縦幅のほぼ三分の一の位置において、保持部の左側(先端側)から鋸装着部の横幅のほぼ三分の一の位置にかけて細いプレス痕が横方向に表われ、(二)B品に属する背金(第四背金・第五背金)では、保持部は、同幅状とした部分において、保持部の下縁側から縦幅のほぼ三分の二の位置から下縁にかけて次第に閉塞していく態様をなしており、保持部の下縁側から縦幅のほぼ三分の二の位置において、保持部の左側(先端側)から鋸装着部の横幅のほぼ三分の一の位置にかけて細いプレス痕が横方向に表われている。」
三 主たる争点
1 被告鋸柄(被告背金を取り付けたA品・B品に属する鋸柄)の意匠は本件登録意匠を利用するものか否か。
(一) 類否判断の対象
(二) イ号意匠(被告背金の意匠)と本件登録意匠の類否
(三) 被告鋸柄の意匠と本件登録意匠との利用関係の有無
2 被告の被告替え刃製造販売行為は、不正競争防止法二条一項一号(平成五年法律第四七号附則二条により同法施行前に生じた事項にも適用。周知商品表示混同惹起行為)に該当するか否か。
(一) 原告らが主張する本件替え刃の形態的特徴(<1>フック状の掛止め部の形状、<2>背凹部の存在、<3>刃渡り寸法の赤色印刷表示)の商品表示性
(二) 被告替え刃の製造販売による出所混同のおそれ
3 被告標章は本件登録商標に類似するか否か。
4 原告岡田金属は、被告に対して被告鋸柄の製造販売差止請求権を有するか否か。
(一) 本件意匠権侵害のおそれ
(二) 被告鋸柄全体の製造販売差止めの必要性
(三) 本件意匠権行使の権利濫用
5 原告らの損害
第三 主たる争点についての当事者の主張
一 争点1(被告鋸柄〔被告背金を取り付けたA品・B品に属する鋸柄〕の意匠は本件登録意匠を利用するものか否か)について
次のとおり付加、訂正するほかは、原判決四三頁一二行目かむ四八頁八行目までに記載のとおりである。
【原判決の訂正等】
1 四三頁末行の「被告意匠の本件登録意匠との類似」を「本件登録意匠とイ号意匠(被告背金の意匠)との類否」と改める。以下、右引用部分中に「本件意匠」(「本件意匠権」は除外)、「被告意匠」とあるのを、すべて「本件登録意匠」、「イ号意匠」と改める。
2 四四頁二行目から三行目にかけての「嵌合部」の次に「(柄装着部)」を加え、六行目の「類比」を「類否」と改める。
3 四五頁五行目と六行目の「鋸係止め部」(二箇所)を「鋸係止部」と、一一行目の「よって」から末行末尾までを「よって、本件登録意匠とイ号意匠(被告背金の意匠)とは、基本的構成態様、具体的構成態様のいずれにおいても類似している。」とそれぞれ改める。
4 四六頁末行の「被告意匠の対象」を「類否判断の対象」と改める。
5 四七頁七行目の「係る物品」の次に「(鋸の背金)」を加える。
二 争点2(被告替え刃製造販売は周知商品表示混同惹起行為に該当するか否か)について次のとおり付加、訂正するほかは、原判決二八頁二行目から四三頁一〇行目までに記載のとおりである。
【原判決の訂正等】
1 三〇頁一行目の「以下の14項記載」を「後記(二)」と改める。
2 三四頁三行目の「右のとおり」から五行目末尾までを「右(1)ないし(5)によれば、本件替え刃は、原告らが本件訴訟を提起した平成五年当時はもちろんのこと、平成元年には既に、その商品形態(<1>フック状の掛止め部の形状、<2>背凹部の存在、<3>刃渡り寸法の赤色印刷表示)が広く取引者又は一般需要者に認識されるに至り、原告らの商品表示として周知性を獲得している。」と改める。
3 三五頁一一行目の「寸法表示」の次に「『250・8寸目』、『265』、『300』」を加える。
4 三六頁七行目の次に改行して次の文章を加え、八行目冒頭の「さらに、」を削る。
「本件替え刃の背凹部は、鋸柄との掛合せ機能とは無関係なものであるが、本件替え刃の製造工程においては、掛止め部周辺を成形するプレス加工と背部の曲線を成形するプレス加工とを別工程で行うが、僅かなプレス加工のずれによって背部に段差が生じることになるので、これを防ぐために、先に行う掛止め部周辺のプレス加工の際に、背部にへこみ(背凹部)を作っておくものである(検甲四六)。」
5 三八頁九行目の「形態」の次に「(形状・寸法)」を加える。
6 四一頁七行目の「実用新案権」から末尾までを「実用新案権(実公昭五三-一六七四号-以下『旧実用新案権』といい、その考案を『旧実用新案』という。)を取得したが、」と改める。
7 四三頁四行目の「被告の登録商標」から五行目の「表示され」までを「被告の登録商標で、かつ被告の商号の一部である『バクマ』を含む『バクマソー』と表示され」と改める。
三 争点3(被告標章は本件登録商標に類似するか否か)について
原判決四八頁一〇行目から五〇頁八行目までに記載のとおりである。
ただし、右引用部分中の「本件商標」をいずれも「本件登録商標」と改め、四九頁一〇行目の「外観、」を削除し(原告らは、当審〔平成九年八月一九日付準備書面〕において、本件登録商標及び被告標章の要部の外観が同一であるとの主張を撤回した。)、一二行目の「被告鋸刃」を「被告標章を付した被告替え刃」と改める。
四 争点4(原告岡田金属は被告鋸柄の製造販売差止請求権を有するか否か)について
原判決五〇頁一一行目から五六頁二行目まで(実用新案権侵害に関する部分を除く。)に記載のとおりである。
ただし、右引用部分中に「本件意匠」(「本件意匠権」は除外)とあるのをすべて「本件登録意匠」と改め、五一頁七行目及び九行目の各「実用新案権」をいずれも「意匠権」に改め、五四頁一行目の「柄装着部」の次に「(嵌合部)」を、四行目の「形成」の次に「(内設)」をそれぞれ加える。
五 争点5(原告らの損害)について
次のとおり付加、訂正し、当審(平成九年八月一九日付準備書面)における原告らの仮定的主張を付加するほかは、原判決五六頁五行目から六三頁五行目まで(実用新案権に関する部分を除く。)に記載のとおりである。
【原判決の訂正等】
五七頁四行目の「二六条」を「三八条」と、五行目の「旧」から六行目の「適用」までを「同法附則二条」と、八行目の「バクマソー250」を「バクマソー250・8寸目〔以下「バクマソー250」ということもある。〕」と、六〇頁九行目の「平成七年二月末日」を「平成七年度末」と、末行の「平成六年二月末日」を「平成六年度末」と、六一頁七行目「平成七年二月末日」を「平成七年度末」と、一〇行目の「平成七年」を「平成六年」とそれぞれ改める。
【原告らの当審における仮定的主張(被告替え刃関係)】
仮に、原告らの被告替え刃の販売数量の推計に立証が尽くされていないとしても、被告による被告替え刃の製造販売が不正競争防止法に違反する場合はもちろんのこと、本件商標権を侵害する場合においても、それによる原告らの損害は、特許権等の専用実施権の標準料率である被告替え刃の売上高の三パーセントを下らない(昭和四七年二月九日特総第八八号特許庁長官通牒・商標法三八条二項参照)から、平成二年三月一日以降平成九年八月末日までの原告らの損害総額は、二〇〇〇万八人七五円を下らない。
1 被告が自認する平成二年三月一日以降平成七年二月末日までの被告替え刃の売上枚数(原判決別表1-3、1-4)に、右販売期間の被告替え刃一枚あたりの平均販売価格(同別表2-1に基づき算定すると、「バクマソー265」が三九一・二五円、「バクマソー250・8寸目」が四一八・三三円、「バクマソー300」が四四〇円となる。)を乗ずると、三億九九七九万三〇一五円(その内訳は、「バクマソー265」が三九一・二五円×六二万八三四〇枚〔ただし、本判決主文第五項による更正前の枚数である。〕=二億四五八三万八〇二五円、「バクマソー250・8寸目」が四一八・三三円×一八万七二七五枚〔前同〕=七八三四万二七五〇円、「バクマソー300」が四四〇円×一七万七八四六枚=七五六「万二二四〇円〔原告主張どおり。計算上は、七八二五万二二四〇円となり、そうすると、合計額も四億〇二四三万三〇一五円となる。〕)となる。
2 被告の平成七年三月一日以降平成九年八月末日までの被告替え刃の売上枚数及びその単価は不明であるが、平成六年度の売上枚数及び売上単価(原判決別表1-4、2-1)と同一であると推定すれば、被告の平成七年三月一日以降平成九年八月末日までの三〇か月間の売上高は、二億六七一六万九五〇〇円(その内訳は、「バクマソー265」が二八〇円×一万九七三一枚×三〇箇月=一億六五七四万〇四〇〇円、「バクマソー250・8寸目」が三二五円×五一二二枚×三〇箇月=四九九三万九五〇〇円、「バクマソー300」が三四〇円×五〇四八枚×三〇箇月=五一四八万九六〇〇円)となる。
3 右1の三億九九七九万三〇一五円に〇・〇三(前記料率三パーセント)を乗じた一一九九万三七九〇円と、2の二億六七一六万九五〇〇円に〇・〇三(右同)を乗じた八〇一万五〇八五円の合計は、二〇〇〇万八八七五円となる。
第四 当裁判所の判断
一 争点1(被告鋸柄の意匠は本件登録意匠を利用するものか否か)について
当裁判所も、被告鋸柄(被告背金を取り付けたA品に属する鋸柄・B品に属する鋸柄)の意匠は、本件登録意匠を利用するものであると判断する。その理由は以下のとおりである。
1 類否判断の対象
(一) 本件登録意匠に係る物品は、「鋸の背金」であって、完成品としての鋸の部分品(部品)ともいうべきものであるが、意匠法の保護対象となる独立の物品(互換性を有し、通常の状態において独立して取引の対象となるもの)であると認められて意匠登録がなされたものである。
(二) この点について、被告は、「本件登録意匠は、鋸柄(把持柄)への装着部分(嵌合部)と鋸替え刃の装着部分(鋸装着部)とを含めた背金全体の、しかも、背金だけの形状の意匠である。これに対し、被告が製造、販売したのは背金付きの鋸柄(被告鋸柄)であり、その背金(被告背金)は、接着剤により把持柄に固定されて把持柄と一体となっており、鋸柄を破壊しない限り鋸柄から分離することができず、外部から背金の鋸柄への装着部分(嵌合部)の形状を認識することができない。また、被告背金は、独立して取引の対象となるものではない。したがって、被告鋸柄全体を一個の意匠として観察しなければならないが、その意匠は、切断面が楕円形状の鋸柄(把持柄)の先端部分に、背金の鋸替え刃の装着部分(鋸装着部)が接続した形状であり、右意匠の中には、本件登録意匠における背金の鋸柄への装着部分(嵌合部)の意匠は全く表示されていない。」と主張する。
(三) なるほど、被告は、被告背金を一体的に取り付けた被告鋸柄を製造し(前示のとおり争いがない)、これに被告替え刃を装着して販売していたものである(検甲三九ないし四四、乙六五ないし六七の各一・二、弁論の全趣旨)が、被告鋸柄は、背金部(被告背金)と把持柄部との二つの部品から構成されているもの、すなわち二つの分離し得る完成部品を物理的に結合したものであるから、被告背金自体の物品としての独立性は失われていない。そして、被告背金は、被告鋸柄に取り付けられて(把持柄の内部に挿入し、接着剤で固定されて)、右「鋸の背金」と同一用途に用いられ、同一の機能を果たす(鋸刃を挟持して固定する)ものではある(検甲七ないし九、一三ないし一五、三三ないし三八、五〇、五一、弁論の全趣旨)が、完成品である被告鋸柄と本件登録意匠に係る物品(鋸の「背金」)とでは、物品としての同一性がなく、それぞれの意匠が異なる審美感を惹起させるものであることは明らかである。したがって、被告鋸柄の意匠と本件登録意匠とは類似しない。
(四) しかるところ、原告らは、イ号意匠(被告背金の意匠)は本件登録意匠に類似する意匠であるから、被告背金を取り付けた被告鋸柄の意匠は、本件登録意匠を利用するものである旨主張する。これに対し、被告は、「前述したように、被告鋸柄の意匠中には、本件登録意匠における背金の鋸柄への装着部分(嵌合部)の意匠は全く表示されていないから、被告鋸柄を製造、販売、すなわち被告鋸柄の意匠を実施しても、本件登録意匠又はこれに類似する意匠の全部を実施したことにはならず、被告鋸柄の意匠は本件登録意匠を利用するものではない。」と主張する。
そこで、以下、この点について検討する。
2 本件登録意匠とイ号意匠の類否
(一) 基本的構成態様の対比
本件登録意匠とイ号意匠の基本的構成態様は、いずれも、上縁を折り返し部とした二つ折りの横長板体において、その二枚の折片は、板体の厚みとほぼ同程度のわずかな間隙をあけて対向するものであり、その横幅のほぼ中央から左側(鋸刃側=先端側)を下縁の一部を大きく切り欠いた鋸装着部、右側(柄側=後端側)を上下縁をわずかに切り欠いてやや細幅の二枚の舌片状の横長長方形板状の嵌合部(柄装着部)とした点において一致しているが、イ号意匠の嵌合部の右端(後端)付近には小さな透通孔が形成されているのに対し、本件登録意匠の嵌合部にはそれがなく、この点において両意匠は相違している。
(二) 本件登録意匠の要部
しかしながら、本件登録意匠に係る物品である「鋸の背金」は、鋸柄の先端に固着し、替え刃を装着するための部材であって、鋸装着部に替え刃を装着後、鋸を前後に往復させて使用するものであるという「物品」の性質、用途及び使用形態や、そもそも嵌合部(柄装着部)の形状は横長長方形板状であって視覚上の印象が弱い上、取引の最終段階では、嵌合部は把持柄内に挿入、固定されてしまうため、外部からはその形状が見えなくなることに照らすと、鋸装着部の形状が看者の注意を最も引く部分(本件登録意匠の要部)であるというべきである。したがって、本件登録意匠とイ号意匠の基本的構成態様における右相違点(嵌合部における透通孔の有無)は、意匠の要部にかかわる差異ではない。
この点について、被告は、「本件登録意匠に係る物品と同じ『替刃鋸用背金』の意願平七-二八二四〇号・登録第九七一一〇四号(乙七九)の意匠と、『替刃式鋸用金具』の意願平七-一一一五五号(乙八〇の一・二)の意匠は、鋸替え刃の装着部分(鋸装着部)がほぼ同一形状で、鋸柄への装着部分(嵌合部)が異なる形状の意匠であるが、互いに類似しない意匠として、独立の意匠登録が認められている。このことは、背金の意匠において、鋸柄への装着部分も重要な意匠的特徴を発揮するものであり、無視することができない部分であることを示すものである。」と主張する。
しかしながら、(1)前示のとおり、本件登録意匠とイ号意匠(被告背金の意匠)のいずれの嵌合部(柄装着部)も、その形状は横長長方形板状であって視覚上の印象が弱く、そこに際立った意匠的特徴がないこと、(2)これに対し、乙八〇の一・二の意匠は、嵌合部の形状がイ号意匠のそれと同一であるものの、鋸装着部は先端が剣先形状で、しかも二枚の折片の下縁が段違い状になっていて、鋸装着部の形状が公知意匠である本件登録意匠やイ号意匠のそれとは全く異なり、この点において看者に異なる視覚的印象を与えるものであること、(3)また、乙七九の意匠は、鋸装着部の形状が乙八〇の一・二の意匠のそれとほぼ同一であるものの、嵌合部はほぼ横長長方形状で、後端から横幅のほぼ三分の一の位置にかけて二股に分かれた形状となっており、しかも、鋸装着部側からほぼ三分の一の位置に透通孔があるというものであって、嵌合部の形状が公知意匠である本件登録意匠やイ号意匠のみならず、先願である乙八〇の一・二の意匠のそれとも全く異なり、この点に際立った意匠的特徴を有するものであることを併せ考慮すると、被告の右主張を考慮に入れても、本件登録意匠の要部に関する前記判断は左右されない。
(三) 具体的構成態様の対比
そこで、本件登録意匠とイ号意匠の鋸装着部における具体的構成態様を対比すると、イ号意匠は、鋸装着部の右寄り(嵌合部寄り)ほぼ三分の一を、二枚の折片の内部に細い円柱状の鋸係止部を有する上下縁同幅の鋸取付基部としている点、その鋸取付基部の鋸の刃先方向側寄りから鋸装着部の横幅のほぼ中央の位置にかけて、下縁を四分の一の円弧状にえぐり、そこから鋸の刃先方向側を取付基部の最大縦幅のほぼ二分の一の縦幅で上下縁同幅に延ばして鋸保持部としている点において、本件登録意匠と一致しているが、<1>鋸装着部の最大縦幅に対する横幅の比率が約二・三倍と小さい点、<2>鋸装着部の内部にある鋸係止部の径が大きい点、<3>A品に属する背金(第二背金・第三背金)では、保持部は、同幅状とした部分において、二枚の折片の下縁が相互に接し、保持部の下縁側から縦幅のほぼ三分の一の位置から下縁にかけて次第に閉塞していく態様をなしており、保持部の下縁側から縦幅のほぼ三分の一の位置において、保持部の左側(先端側)から鋸装着部の横幅のほぼ三分の一の位置にかけて細いプレス痕が横方向に表われ、B品に属する背金(第四背金・第五背金)では、保持部は、同幅状とした部分において、保持部の下縁側から縦幅のほぼ三分の二の位置から下縁にかけて次第に閉塞していく態様をなしており、保持部の下縁側から縦幅のほぼ三分の二の位置において、保持部の左側(先端側)から鋸装着部の横幅のほぼ三分の一の位置にかけて細いプレス痕が横方向に表われている点において、本件登録意匠と相違している。
しかしながら、<1>については、鋸装着部の最大縦幅に対する横幅が約二・五倍程度である(本件登録意匠)か、約二・三倍である(イ号意匠)かは僅かの差であること、<2>については、鋸係止部は鋸装着部の内部にあり、外部からは見えないこと、<3>については、保持部下縁側の閉塞の態様や細いプレス痕の存在は鋸装着部全体の形状において特に目立つものではないことに照らすと、右各相違点は、いずれも看者に強い印象を与えるものではない。
(四) よって、イ号意匠は、本件登録意匠と看者に与える視覚的印象(美感)を共通にするものであるから、本件登録意匠に類似する意匠というべきである。
3 被告鋸柄の意匠と本件登録意匠の利用関係
(一) 意匠における利用関係とは、ある意匠がその構成要素中に他の登録意匠又はこれに類似する意匠の全部を、その特徴を破壊することなく、他の構成要素と区別し得る態様において包含し、この部分と他の構成要素との結合により、全体としては右の他の登録意匠とは非類似の一個の意匠をなしているが、この意匠を実施すると必然的に他の登録意匠を実施する関係にある場合をいう。
なお、意匠法二六条は、登録意匠相互間の利用関係について規定するが、意匠の利用関係は登録意匠と未登録意匠との間にも成立するものであり、他人の登録意匠又はこれに類似する意匠を利用した未登録意匠の実施は、他人の右登録意匠に係る意匠権を侵害することとなる。
(二) しかるところ、前示のとおり、被告鋸柄には、被告背金全体が物理的に破壊されることなく取り付けられており、背金部分とその他の部分(把持柄)とは外観上区別し得ることが認められる。したがって、被告鋸柄の意匠中には、本件登録意匠に類似するイ号意匠(被告背金の意匠)の全部が、その特徴を破壊されることなく、他の構成要素(把持柄の形状)と区別できる態様において包含されており、しかも、イ号意匠の要部を外観視することができるから、被告鋸柄の意匠は本件登録意匠を利用する関係にあるものと認められる。
(三) この点について、被告は、被告鋸柄全体の意匠では、外から見ることのできない「嵌合部」は、その形状をどのようにでも(任意の形状に)することが可能であるから、被告鋸柄の製造、販売(被告鋸柄の意匠の実施)は、必然的に本件登録意匠の全部を実施するものではなく、本件登録意匠を利用するものではない旨主張するが、被告鋸柄に取り付けられる背金の意匠が本件登録意匠に類似するイ号意匠(被告背金の意匠)である以上、右主張は採用できない。
二 争点2(被告替え刃製造販売は周知商品表示混同惹起行為に該当するか否か)について
当裁判所も、原告らが主張する本件替え刃の形態的特徴(<1>フック状の掛止め部の形状、<2>背凹部の存在、<3>刃渡り寸法の赤色印刷表示)は、いずれも商品表示性を有するに至っておらず、その余の点について検討するまでもなく、不正競争防止法に基づく原告らの主張は理由がないものと判断する。その理由は以下のとおりである。
1 商品の形態は本来、当該商品の機能をよりよく発揮させ、あるいは、美観を高める等の見地から選択されるものであり、商品の出所を表示することを直接の目的とするものではないが、他者の商品との比較において形態自体に特異性が認められれば自他商品識別力を肯定することができるし、また、形態自体に特異性が乏しい場合でも、当該商品が大量に製造販売され、長期間経つとか、短時間であってもその形態を示した宣伝が強力に行われると、当初は機能や美観上の意味(第一次的意味)しか有しなかった形態が第二次的に商標的な意味(セカンダリーミーニング)を獲得し、自他商品識別力を具備するに至ることがある。そして、商品の形態自体に特異性が認められるか、長年にわたる大量使用又は強力な宣伝活動により自他商品識別力が肯定される場合には、その商品形態は特定の商品表示と認められ、不正競争防止法の保護対象となる(原判決八〇頁一〇行目の「商品の形態」から八一頁七行目末尾までの説示参照)。
2 前示の前提となる事実、並びに証拠(甲一〇の一~九、三一の一~一八、三二の一~九三、三三の一~一八九、三四の一・二、三五、三六の一~九、三八ないし四〇、五五及び五六の各一・二、五九の一~一七八、六〇の一~一三四、六二、検甲一六ないし一八、二七ないし三二、三九ないし四四、四六、五三、五四及び五五の各一~四、五六ないし五八の各一~五、乙一二ないし一四、一七、一八、三五の一~三、三六の一~四、三八、三九、四一ないし四三、四五、四六、五七及び五八の各一~七、五九及び六〇の各一~三、六一、六五ないし七〇の各一・二、七二ないし七四、七五の一~四、八四、岡田証言、証人広川一郎〔以下「広川証言」という。〕)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(一) 替え刃式鋸の出現
替え刃式鋸は、昭和四〇年代ころより、鋸刃を激しく傷める集成材等の新建材の出現や目立てにかかる費用の高騰等の事情により、それまで一般的であった鋸柄と鋸刃を一体的に取り付けた鋸の不便さが顕在化したことから、製造、販売されるようになった。
昭和四四年ころ、レザーソー工業株式会社が製造、販売を開始した替え刃式鋸(商品名「レザーソー」)は、替え刃式鋸としては初めて大量生産、大量販売に成功した商品であるが、鋸刃を背金にはめて把持柄に差し込み、把持柄の下縁に取り付けたネジを締め込むことによって、鋸刃を鋸柄に取り付ける(固定する)という方式を採用していた。
(二) 旧実用新案
原告岡田金属は、昭和五〇年には、「パネルソー」との商品名で、回転着脱方式の替え刃式鋸の製造、販売を開始し、右替え刃式鋸について実用新案(旧実用新案)の登録出願をし、実用新案権(旧実用新案権.実公昭五三-一六七四号・乙一八)を取得した。
旧実用新案においては、鋸柄に取り付けた鋸刃保持部(背金)内に側面形状が円弧状に形成された係止部を設け、鋸刃基端部(鋸刃の根元)に、係止部に係合する凹所(掛止め部)を基端部の刃の側(下方)から切り欠き形成し、かつ背部側(鋸刃の背)に連なる基端部の縁を係止部の円弧にほぼ沿って滑らかに背部側に連なるように形成することにより、右凹所(鋸刃の基端部に形成した掛止め部)を鋸刃保持部(背金)内の係止部に掛け合わせ、係止部を中心として鋸刃を回動させることによって鋸刃を鋸柄に取り付ける技術思想が開示されている。
(三) 本件商品・本件替え刃の製造、販売
本件替え刃は、いずれも回転着脱方式の替え刃式鋸用の替え刃であり、原告岡田金属は、昭和五七年七月に本件替え刃のうち「ゼットソー265」及びこれを鋸柄に装着したもの、昭和五九年八月に「ゼットソー8寸目」及びこれを鋸柄に装着したもの、昭和六一年六月に「ゼットソー300」及びこれを鋸柄に装着したものの製造、販売を開始し、昭和六三年一二月からは、本件替え刃及びこれを鋸柄に装着したもの(本件商品・以下同じ)の販売を子会社である原告ゼット販売に委ねている。
(四) 本件替え刃の形態
本件替え刃は、左記の形態を有するものである。
(1) 全体形状は、基端部(以下「基部」という。)側の巾が先端側の巾よりやや狭くなっている細長い矩形状であり、その形状の詳細は、原判決別紙本件替え刃図面1ないし3に記載のとおりである。
(2) 鋸柄への装着部となる基部は、その下縁から上方(背部)に向けて、半径三〇mm(ただし「ゼットソー300」では五〇mm)の円弧部、半径二mmの円弧部、上下長さが七mm(ただし、「ゼットソー300」では一〇mm)の垂直状の立ち上がり辺部、半径五mmの半円弧状の凹部(以下「小円弧部」という。)、半径二mmの円弧部、左右長さが三・八mmの水平状の辺部、半径二mmの円弧部、上下長さが三mmの立ち上がり辺部、半径一八mmの円弧部(以下「大円弧部」という。)を順次連続させた構成となっており、大円弧部と小円弧部とは同心円上にあり、右両円弧部によって、基部側上方位置にフックの掛止め部を形成している。
(3) 基部側の背部、掛止め部付近に深さ約二mmの凹部(背凹部)が存在する。
ちなみに、背凹部は、鋸柄との掛合せ機能とは無関係なものであるが、本件替え刃の製造工程においては、掛止め部周辺を成形するプレス加工と背部の曲線を成形するプレス加工とを別工程で行うが、僅かなプレス加工のずれによって背部に段差が生じることになるので、これを防ぐために、先に行う掛止め部周辺のプレス加工の際に、背部にへこみ(背凹部)を作っておくものである。
(4) 刃の側面(片面だけ)基部側寄りの位置には、商品名「ゼットソー265」(同図面2)については「ゼットソーHI」、「ハード・インパルス」、「265」、同「ゼットソー8寸目」(同図面1)については「ゼットソーHI」、「ハード・インパルス」、「8寸目」、同「ゼットソー300」(同図面3)については「ゼットソーHI」、「ハード・インパルス」、「300」と横書き三段の赤色印刷(ただし、「ハード・インパルス」は抜き文字で印刷)がなされている。
ちなみに、「ゼットソー」と「ハード・インパルス」(本件登録商標)は、いずれも原告岡田金属の登録商標であり、「ゼット」は原告ゼット販売の商号の一部であり、「265」、「8寸目」及び「300」は、いずれも鋸刃の長さ(刃渡り)の寸法表示であり、「ゼットソーHI」と「ハード・インパルス」の印刷表示は発売当初から、寸法の印刷表示は昭和六一年からなされているものである。そして、「ゼットソー」は、本件商品及び本件替え刃を含む「ゼットソー」シリーズの商品及びその包装にのみ付されており、「HI」及び「ハード・インパルス」は原告らの他の商品(例えば「パネルソー」シリーズ)及びその包装にも付されている。
(五) 本件商品・本件替え刃の販売時の形態
本件商品の鋸刃(替え刃)部分及び本件替え刃は、いずれも錆を防止するために防錆紙で包装したうえで、外装袋に入れて販売されている。そして、右外装袋の表面には、替え刃を背金に装着した状態の形状(ただし、本件替え刃のうち「ゼットソー265」及び「ゼットソー300」については替え刃の全体形状)が、「ゼットソーHI」、「265」等の商品名や「ハード・インパルス」という商標を記した帯状部分とともに印刷され、裏面には、替え刃の全体形状(黒塗り縮小図)や製造元が原告岡田金属、発売元が原告ゼット販売である旨の印刷がなされているが、替え刃の全体形状を外装袋に印刷するようになった時期を明らかにする証拠はない。
(六) 本件商品・本件替え刃の販売実績、広告・宣伝活動等
(1) 本件商品のうち「ゼットソー265」は、我が国有数の金物産地である三木市において、昭和五七年度の新殖産品に指定された。
(2) 販売実績
昭和五七年七月から平成元年一一月末までの本件商品及び本件替え刃の各総販売数は、それぞれ約三三一万丁、約一二〇九万枚であり、平成六年一一月末までの本件商品及び本件替え刃の各総販売数は、それぞれ約六四七万丁、約二九一六万枚である。
(3) 広告・宣伝費
本件商品及び本件替え刃についての新聞広告費用は、昭和五七年四月一日から平成二年二月一八日までが一〇一四万四七〇〇円であり、平成六年一一月二〇日までが三八〇二万九二五〇円である。
また、ラジオ、テレビ、カタログ等の宣伝広告費用は、昭和五七年四月一三日から平成二年三月五日までが七〇八七万〇七九七円であり、平成六年一一月二日までが一億七九一〇万五九二四円である。
(七) 広告・宣伝の内容
(1) 新聞広告
昭和五八年、五九年に業界新聞に掲載された広告には、本件商品の形状(鋸刃全体と鋸柄の先端側部分)が示され、菱ゼットマーク、「ゼットソーHI」、「ハード・インパルス(衝撃焼入)」、「ワンタッチ取替式」、原告岡田金属の社名等が横書きで表示されていた。
昭和六一年ないし六三年に業界新聞や一般紙に掲載された広告には、本件商品及び本件替え刃の全体形状が示され、「プロのアイデア」、「ワンタッチ」、「替刃式のこぎり」、菱ゼットマーク、「ゼットソーHI」、「ハード・インパルス」、原告岡田金属の社名等が横書きで表示されていた。
ちなみに、菱ゼットマークは、◇(菱形)内に「Z」、◇の右肩に「ゼット」と表示した標章であり(原告岡田金属の登録商標であると推認される。)、後記カタログにも同じ標章が表示されているが、本件商品及び本件替え刃の外装袋や後記テレビコマーシャルには、右肩に「ゼット」の表示がないものも使用されている(以下、これらを総称して「菱ゼットマーク」という。)。そして、菱ゼットマークは、「ゼットソー」シリーズ以外の原告らの商品及びその包装にも使用されている。
(2) ラジオコマーシャル
ラジオでは、「ハードインパルスのゼットソーは集成材でもら-くらく」、「大工さん、まっすぐ切れますか?」、「切れまんがな、四角も二角もま-すぐ切れる、ゼットソー」、「岡田金属工業所です」との音声を流している。
(3) テレビコマーシャル
テレビでは、<1>昭和六一年度には、「人が時代を求める新しい道具を作る岡田金属工業所」、「企画・開発・製造と一貫体制のもとで伝統の技と最先端の技術が融合し、ゼットソーが生まれました。」、「菱ゼットマークは新たな伝統を築きます。」との音声を流して、原告岡田金属の「企画・開発・製造と一貫体制」のもとで本件替え刃が生まれたことを放映し、<2>昭和六三年度には、「ゼットソーは替え刃式の鋸、(刃先を取り付ける音)刃先はハードインパルス」、「(鋸で切る音)よく切れます。まっすぐ切れます。大工さんも使っています。」、「(刃を取り外す音)切れなくなったら新しい刃と取り替えて下さい。」、「ゼットソーはお近くの金物店・ホームセンターでお求め下さい。」との音声を流し、本件替え刃が一本の鋸柄をもって、かつ「ワンタッチ」で、種々の厚みの異なる鋸替え刃の装着を可能にするものであることと、本件替え刃を含む四種類の替え刃(掛止め部・背凹部の形状及び赤色寸法表示)を放映し、<3>平成三年度には、「(鋸で切る音)よく切れるな-おがくず積もれば山となる:か。」、「(鋸で切る音)あっ すご-いなにこれ!」、「ゼットソーブローハンドルが邪魔なおがくずを吹き飛ばす。」、「キャー!」、「風のイタズラ ゼットソーブローハンドル」、「お父さんも・大工さんもにっこり」との音声を流して、本件替え刃を含む七種類の替え刃の形状(掛止め部・背凹部の形状及び赤色寸法表示)等を放映し、<4>平成五年度には、「ゼットソーのゼットって何?」、「それはハードインパルス加工だから長持ち抜群 切れ味抜群」、「さ・ら・に ここ!」、「用途に応じて取り替えられる替え刃式」、「なるほど」、「それでゼットなのね」、「ゼットソー鋸極めればゼットソー」との音声を流して、鋸柄に装着した本件替え刃(赤色寸法表示)等を放映している。
(4) カタログの内容
平成三年ころ以降の原告らのカタログには、<1>「ハードインパルスとは」と題する箇所に、「鋼(はがね)を一瞬、衝撃的に加熱したあと、急速に冷却すると、非常に硬い組織が得られます。この組織は、硬いだけではなく、靱性や耐蝕性に優れ、のこぎりの刃先には最適の条件を備えているわけです。この組織を得るための熱処理が、衝撃焼き入れです。当社製ののこぎりの刃先には、この処理が施されています。ハードインパルス(HARD IMPULSE)は、当社がこの熱処理につけた呼び名です。(登録商標 第1986814号)」との説明があり、<2>「ゼットの替刃式ノコ取替方法」ないし「ゼットの替え刃 取り換え方法」と題する箇所に、把持柄先端に取り付けられた背金の断面と替え刃基部の写真が掲載され、背金の支持部(鋸係止部)に「係止金具」、替え刃基部の凹所(掛止め部)に「フック」との説明がつけられているが、昭和六三年の原告岡田金属のカタログには、右のような説明はない。
(八) 他業者の参入
原告岡田金属の旧実用新案権は、昭和六三年一月一八日、存続期間満了により消滅したが、その後の平成元年ころ以降、他の業者も、回転着脱方式の替え刃式鋸に参入し、鉤状の掛止め部を有する替え刃を製造、販売するようになった。
3 右認定の本件商品及び本件替え刃の販売期間、販売実績、広告・宣伝活動等によれば、他業者が回転着脱方式の替え刃式鋸及びその替え刃を製造、販売し始めた平成元年ころには、本件商品及び本件替え刃は、「ゼットソー」なる商品名の回転着脱方式の替え刃式鋸及びその替え刃として、需要者の間で広く知られるようになっていたものと認められる。
4 そこで、本件替え刃の商品形態が、掛止め部ないし基部の形状等に独特の形態的特徴を有しており、商品表示性を有するかどうかについて検討する。
この点につき、被告は、本件替え刃の掛止め部分ないし基部の形状は、すべて回転着脱方式の替え刃式鋸の替え刃における技術的機能に由来する必然的な結果であるから、出所表示としてはこれを除外すべきであると主張する。
回転着脱方式の替え刃式鋸においては、その技術的機能の制約から、(1) 背金の支持部(係止部)と替え刃の掛止め部がそれぞれ円滑に回転運動(回動)をすることができる形状を備えていること、(2) 鋸刃が鋸柄に取り付けられた状態(鋸柄への装着状態)で、背金の支持部に掛け止めされた鋸刃の掛止め部の位置が確実に保持される形状を備えていること、(3) 掛止め部を含む鋸刃基部の全体形状が、右(1)の回転運動を妨げないように形成されていることが必須の要件となる。
そして、回転着脱方式という要請から、右(1)の回転運動の軸となる支持部は側面形状が円形又は上縁側が円弧状とならざるを得ず、掛止め部の下縁側(支持部と直接接触する部分・以下同じ)は、支持部の円周面に沿って滑らかに回転することができるように、当該支持部の半径とほぼ同一の半径を備えた円弧状であることが必要となり、しかも、右(2)の要件を充足するために、掛止め部の下縁側は、替え刃の長さ方向での抜け出しを防止するのに十分な鉤状であることが要求される。ちなみに、本件替え刃においては、小円弧部(半径五mm)がこれに該当する。これに対し、右(3)の要件を充足するためには、掛止め部の背部に連なる上縁側は、回転運動の際に背金の一部と接触して当該回転運動を妨げないような形状であれば、必ずしも円弧状に形成された下縁側と同心円上にある円弧状である必要はないし、鋸刃基部(鋸装着部)側のその余の部分(掛止め部付近)についても、当該回転運動を妨げないような形状であれば、円弧状である必要すらない。したがって、右(1)ないし(3)の要件をすべて充足するためには、掛止め部の形状が、本件替え刃のように同心円上にある小円弧部(半径五mm)と大円弧部(半径一八mm)とで形成される鉤状(原告ら主張の「フック状」)である必要はない(以上につき、検甲五四の一~四、乙一八、六一、七四、八四)。
以上によれば、本件替え刃の基部、特に掛止め部の形状が、回転着脱方式の替え刃式鋸における技術的機能に由来する必然的な、他に選択の余地のない形態であるということはできない。
5 しかしながら、(一) 原告ら主張の形態的特徴<1>、すなわち、本件替え刃の基部側上方位置に存在する半径一八mmの大円弧部及びこれと同心円上にある半径五mmの小円弧部とで形成されるフック状の掛止め部は、その形状自体、格別特異なものではないこと(乙六一、七四、検甲五四の一~四)、(二) 原告らは、当審(平成九年六月五日付準備書面)において、掛止め部を含む本件替え刃の基部側の全体形状がその形態的特徴であるとの主張もしているが、右全体形状も格別特異なものではないこと(前同)、(三) 替え刃の取引者・需要者は、特定の替え刃式鋸の把持柄(鋸柄―需要者であれば自己の有する鋸柄)への装着可能性という観点も商品選択の基準とし、鋸装着部の形態にも注意を払うものと考えられるが、その場合、鋸柄への装着可能性という技術的機能面に着目しているにすぎず、掛止め部を含む基部側の全体形状自体から商品を識別しているとは考えられないこと、(四) 本件商品及び本件替え刃は、外装袋に入れて販売されているところ、多くの種類の外装袋の表面には、本件替え刃が背金に装着された状態での形状が印刷され、本件替え刃の基部形状が表面からは分からないような形で販売されていたのであり、替え刃の全体形状が外装袋に印刷されるようになった時期も明らかではないこと、(五) 原告らによる広告・宣伝の内容を見ても、本件替え刃の基部を含む写真や映像も紹介されているものの、特にその基部形状を強調するようなものではないこと、(六) 原告ら主張の形態的特徴<2>、すなわち背凹部の存在は、本件替え刃の全体形状からみて目立たない部分であり、取引者・需要者が背凹部の存在によって、商品の出所を識別しているものとは認められないこと、(七) 替え刃の需要者の大部分は、大工職、建具職その他の建築関連業者などの専門職であることが窺われ(岡田証言、広川証言)、その取引者・需要者は、替え刃の切れ味、耐久性等の品質、価格をも商品選択の重要な基準とし、鋸刃やその包装袋に付された標章、製造元・発売元の表示等によって、当該商品の品質や出所等を識別しているものと考えられること、(八) 原告ら主張の形態的特徴<3>、すなわち刃渡り寸法の赤色印刷表示は、そもそも本件替え刃の刃渡り寸法等を説明するものであり、「ゼットソーHI」、「ハード・インパルス」(本件登録商標)という原告岡田金属の登録商標や原告ゼット販売の商号の一部を含む赤色印刷表示と一体となって、商品の識別機能を果たしているにすぎず、それ自体に自他商品識別力があるとは認められないこと、以上の諸点を併せ考慮すると、原告らが主張する本件替え刃の形態的特徴<1>ないし<3>等は、いまだ、それらが本来有する機能や意味(第一次的意味)を超えて、第二次的に商標的な意味を獲得し自他商品識別力を具備するに至っているとは認められない。
したがって、その余の点について検討するまでもなく、不正競争防止法に基づく原告らの主張は理由がない。
三 争点3(被告標章は本件登録商標に類似するか否か)について
当裁判所も、被告標章は本件登録商標に類似するものと判断する。その理由は、次のとおり被告の当審における補充主張に対する判断を付加するほかは、原判決九二頁末行から九三頁一〇行目までに示されているとおりである。
ただし、右引用部分中の「本件商標」をいずれも「本件登録商標」と、九三頁八行目から一〇行目にかけての括弧書き部分を削除する(前示のとおり、原告らは、当審〔平成九年八月一九日付準備書面〕において、本件登録商標及び被告標章の要部の外観が同一であるとの主張を撤回した。)。
【被告の当審における補充主張について】
1 被告の当審主張(補充主張)
(一) 「ハード」(英語の「HARD」)なる語句は、「堅固な、頑丈な、困難な」などを意味し、商品の品質等を表示するものとして一般的に使用されている語句ではないこと、「ハード」の語句が用語の接頭辞のように多用され、しかも、これを接頭辞のように使用した用語が広く日本語として馴染まれていること(乙八五)、また、特許庁における商標登録の審査において、「ハード」の語句を商品の品質等を表示する用語であるとの理由で商標の要部判断から除外しておらず、かえって、「ハード」の語句を付加することにより、別の出所表示機能を具備するものとして、その登録を認めていること(乙八一ないし八三)などからすれば、「ハード」は、商品の品質等を表示する一般的な語句として取引の指標から除外されるものではない。
(二) そして、本件登録商標と同一指定商品の分類(第一三類―手動利器、手動工具、金具〔他の類に属するものを除く〕)において、商標中に「・」(点)、「―」(ハイフオン)、「空白」等を備え、これらによって区切られた語句の一方が共通するにもかかわらず登録されている例は多数存在する(乙八六)から、商標中に「・」等が存在するからといって、直ちに当該商標の構成が「・」や「空白」等によって分離されるとはいえず、当該商標全体が一連の表示として認識できる場合は、「・」や「空白」等が存在したとしても、一連の語句として取引の指標になるといわなければならない。
(三) しかも、原告岡田金属は、その商品カタログ(甲四〇、乙八四)において、「ハードインパルス」と題して前記二2(七)(4)<1>の説明をしており、右説明によれば、本件登録商標中の「インパルス」とは、「衝撃焼き入れ」を意味し、むしろこれが品質表示的な語句であると認められ、これに「ハード」という接頭辞を付加して「ハード・インパルス」としたことにより、他人の商品の「衝撃焼き入れ」との相違を明確にしたものと認められる。
(四) したがって、本件登録商標は、「ハード」と一体となった「ハード・インパルス」全体が取引指標となるものであり、これと「SUPER IMPULSE」なる被告標章とは類似しない。
2 右補充主張に対する判断
(一) 本件登録商標は、原判決別紙「商標公報」記載のとおり「ハード・インパルス」なるものであり、片仮名の「ハード」のあとに、「・」を付けて片仮名の「インパルス」が表記された右傾き・横書きの文字標章であって、「は-どいんぱるす」なる称呼が生じるものである。これに対し、被告標章は、同別紙「被告標章目録」記載のとおり「“SUPER IMPULSE”」なるものであり、欧文字の「SUPER」のあとに、若干間隔(空白)を置いて欧文字の「IMPULSE」が表記された右傾き・横書きの文字標章の左肩に「“」が、右肩に「”」がそれぞれ付された標章であって、「す-ぱ-いんぱるす」なる称呼が生じるものである。
(二) しかるところ、我が国において代表的な国語辞典である岩波書店「広辞苑(第四版)」には、「ハード【hard】<1>かたいさま。きびしいさま。…」、「スーパー【super】<1>『超…』『上の』『より優れた』の意…。」、「インパルス【impulse】(衝撃の意)…」とあり、また、学習用、実用に用いられる研究社「新英和中辞典(第五版)」には、「hard」が「堅い」、「硬質の」、「頑丈な」、「過度の」等、「super」が「過度」「極度」「超越」という意味を持つ語(形容詞)として、「impulse」が「(物理的な)衝撃」、「(外部からの)刺激」等という意味を持つ語(名詞)として収録されていることが認められる(当裁判所に顕著な事実)。これらによれば、少なくとも我が国において、「ハード」や「SUPER」は、物の性状や等級等を表示する一般的な形容詞として、「インパルス」と「IMPULSE」は、「衝撃」を意味する名詞として認識されていることが認められる。
このことに、本件登録商標において、「ハード」と「インパルス」が「・」によって区切られていること、原告らが業界新聞や商品カタログ(甲三一の九・一一、四〇、乙一二ないし一四、八四)において、「ハード・インパルス」ないし「ハードインパルス(HARD IMPULSE)」が「衝撃焼き入れ」を意味する旨を説明し、宣伝していることを併せ考慮すると、本件登録商標のうち、その指定商品の分野において取引者・需要者の注意をひきやすく、商品識別力を有するのは「インパルス」の部分であり、この部分を本件登録商標の要部とみるのが相当である。同様に、本件登録商標の指定商品に該当する鋸替え刃の取引者・需要者が、「SUPER」と「IMPULSE」との間に空白のある被告標章を見た場合、「IMPULSE」の部分を商品識別力を有する部分として認識し、「SUPER」の部分については、鋸替え刃の品質、等級を表示する一般的な形容詞として認識するにすぎないものと考えられる。
したがって、本件登録商標と被告標章とは、その要部である「インパルス」と「IMPULSE」において称呼と観念が同一であるから、取引者・需要者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に観察すると、類似していると認めるのが相当である。
(三) 被告が指摘する乙八一の登録例のうち「ハードキング」、「ハードタイト」及び「ハードトップ」は、いずれも「ハード」とその余の語句との間に「・」も空白もない一連の語句であるから、「・」で区切られた本件登録商標とは明らかに要部を異にするものである。一方、「HARD HEAD」と「Super Head」とは、二つの語句の間に空白があるものの、商品の品質、等級等を表示する形容詞としてよく用いられる「HARD」ないし「Super」に、これもよく知られた名詞「HEAD」ないし「Head」を結合させた語句であるため、その全体が一体として認識され、類似しないものとして登録された例であると考えられる。
また、乙八二、八三の登録例についても、右とほぼ同様のことがいえる。
さらに、乙八六の登録例は、「STAR」、「Star」、「SERT」、「LINE」、「ライン」をそれぞれ共通の語句とするものであるが、共通する語句以外の語句である「NEW」、「AMENBOW」、「CROWN」、「Golden」、「M」、「CAP」、「OUT」、「ON」、「PRO」、「フレンチ」、「GREEN」は、いずれも指定商品の品質、等級等を表示するものとして一般的に用いられる語句(形容詞)ではない。
したがって、右登録例はいずれも、本件登録商標と被告標章との類否に関する前記判断を左右するものではない。
四 争点4(原告岡田金属は被告鋸柄の製造販売差止請求権を有するか否か)について
1 争点1ないし3について判断したところによれば、(一) 被告鋸柄=被告背金(A品〔前同〕・B品〔第四背金・第五背金〕に属する背金)を取り付けた鋸柄の製造販売は本件意匠権を侵害し、(二) 被告標章を付した被告替え刃の製造販売は本件商標権を侵害するものである。
2 本件意匠権侵害のおそれ
証拠(甲一四の二、二七、乙七二、広川証言)及び弁論の全趣旨によれば、被告は、被告鋸柄のうちA品に属する鋸柄については平成四年一一月以降、B品に属する鋸柄については平成五年五月以降、それぞれ製造、販売を中止したことが認められる。これに対し、原告らは、被告がその後もA品に属する鋸柄を製造し、販売していたと主張するが、原判決(一〇二頁一行目から八行目までに)説示のとおり、右事実を認めることはできない。
しかるところ、被告は、A品に属する鋸柄については、今後これを製造し、販売する意思はないと主張するが、その一方で、被告は、右製造販売中止後もこれらの商品(被告鋸柄)を保管しており(甲二七)、しかも、後記4のとおり本件意匠権の効力そのものを争っており、このような被告の対応に照らすと、被告が将来、被告背金を取り付けた鋸柄(被告鋸柄)の製造販売を再開し、本件意匠権を侵害するおそれがないとはいえない。
3 被告鋸柄全体の製造販売差止めの必要性
証拠(乙六五ないし六七の各一・二、検甲一三ないし一五、五〇、五一)及び弁論の全趣旨によれば、被告背金は、把持柄と物理的、機能的に一体となって販売されていたことが認められる。
そうだとすれば、被告背金を取り付けた鋸柄(被告鋸柄)の意匠が本件登録意匠を利用する関係にある以上、原告岡田金属において、被告鋸柄全体の製造販売の差止めを求める必要性がある。
4 本件意匠権行使の権利濫用について
証拠(甲五八、乙一一、一二、一五の一~六、二七ないし三〇、七七)及び弁論の全趣旨によれば、被告はその主張の無効事由(原判決五三頁一二行目冒頭から五六頁一行目の「無効原因がある」まで)と同旨の事由(右主張中の「乙一五鋸」とは、昭和五八年二月二八日付日本刃物工具新聞に掲載された原告岡田金属の広告〔乙一二〕に表示された鋸柄と同じものを指す趣旨であると解される。)に基づき、本件登録意匠の登録を無効とする審判(平成五年審判第一二二八一号)を請求したが、平成七年八月三〇日、本件登録意匠と被告引用に係る各意匠(特開昭六〇-一三七六〇一号公報の第三図〔乙二七〕、実開昭六一-二〇三〇二号公報の第八図〔乙三〇〕)とは、いずれもその要部である鋸装着部の具体的構成態様において視覚的効果上無視し得ない相違が存すると認められるとの理由で、右審判の請求は成り立たないとする審決がなされ、これに対し、被告は右審決の取消を求める訴え(東京高等裁判所平成七年(行ケ)第二五五号)を提起したが、平成八年八月二〇日、右請求を棄却する旨の判決がなされ、同年九月六日、右判決が確定したことが認められる。なお、右審決及び判決は、いずれもその余の被告引用に係る各意匠(昭和五八年二月二八日付日本刃物工具新聞掲載の広告〔乙一二〕、実開昭六二-一九〇二号〔乙二八〕、実開昭六二-一九四〇〇三号〔乙二九〕)について特に触れていないが、それは、乙一二には背金の全体ではなくその鋸装着部しか示されておらず、これが本件登録意匠との対比においては、乙二七に示された背金の鋸装着部と同じものであると位置づけられるにすぎないものであること、乙二八、二九の各意匠はいずれも本件登録意匠の出願(昭和六一年四月二八日・前実用新案出願日援用)後のものであることによるものと考えられる。
したがって、右無効事由の存在を前提とする被告の権利濫用の主張は、たやすく採用できない。
5 以上によれば、原告岡田金属の本訴請求のうち差止請求は、(一)本件意匠権に基づいて被告鋸柄についての製造販売の差止め、(二)本件商標権に基づいて被告替え刃についての製造販売の差止めを求める限度で理由がある。
五 争点5(原告らの損害)について
1 原告岡田金属
被告による、(一) 被告背金(A品〔前同〕・B品〔第四背金・第五背金〕に属する背金)を取り付けた鋸柄の製造販売は、登録日である平成五年二月一二日以降、本件意匠権を侵害し、(二) 被告標章を付した被告替え刃の製造販売(平成二年三月ころ以降)は、登録日である昭和六二年九月二一日以降であるから、本件商標権を侵害するものであるが、右各侵害行為はいずれも被告の過失によるものと推定され、被告には右各行為によって原告岡田金属に与えた損害賠償義務があること、被告が右各侵害行為によって得た利益額をもって、右原告岡田金属の損害額と推定されることは、原判決九八頁三行目から九九頁六行目までに示されているとおりである。
ただし、九八頁八行目の「被告替え刃」の前に「被告標章を付した」を加え、同頁一一行目の「平成」から一二行目の「一〇三条〕、」までを削除し、九九頁一行目の「原告ら」を「原告岡田金属」と改め、同頁四行目の「前記」から五行目の「いう。]、」までを削除する。
2 原告ゼット販売
被告の右1(一)、(二)の各行為は、原告ゼット販売が有する本件意匠権等についての独占的通常実施権を侵害するものであり、被告には右侵害行為につき過失があったものと推認されること、同原告の損害額は、原告岡田金属の推定損害額の二〇パーセント相当額になるものと推認されることは、原判決九九頁八行目から一〇〇頁九行目までに示されているとおりである。
ただし、九九頁八行目の「本件実用新案権」及び同頁末行の「実用新案権」をいずれも削除し、一〇〇頁四行目から五行目にかけての「被告鋸柄及び被告替え刃」を「本件鋸柄及び本件替え刃」と、九行目の「推定」を「推認」と各改める。
3 被告による被告鋸柄の製造販売期間
被告は、平成二年一〇月から平成四年一〇月までの間A品に属する鋸柄を製造、販売していたが、同年一一月以降は右製造販売を中止したこと、平成四年一一月から平成五年四月までの間B品に属する鋸柄を製造、販売していたが、同年五月以降は右製造販売を中止したことは、原判決一〇〇頁一一行目から一〇二頁八行目までに示されているとおりである(ただし、一〇一頁七行目の「背金」の次に「(第一背金)」を加える。)。
したがって、右認定に係る従前のA品に属する鋸柄の製造・販売は、原告らの本件意匠権又はその独占的通常実施権を侵害するものではなく、B品に属する鋸柄の製造・販売は、本件意匠登録がされた平成五年二月一二日以降同年四月末までの期間において原告らの本件意匠権又はその独占的通常実施権を侵害したことになる。
4 原告らの損害額
(一) 証拠(甲二二の一~一二、二三の一~一一、二四の一~一二、二五の一~一三、四九の一〇~一三、五〇の三~六、五四、乙七二、岡田証言、広川証言)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(1) 前記各侵害行為に該当する期間の被告商品(被告鋸柄に被告替え刃を装着して一つの商品とされたもの)及び被告替え刃(以下、これらを「被告商品等」という。)の販売数量を、被告が自認する販売数量(原判決別表1-1、1-2、1-3及び1-4)をもとに整理すると、本判決別紙損害計算書(以下「本判決損害計算書」という。)(一)、(二)の各1項記載のとおりになる。
もっとも、原告らは、原審提出の平成七年度の調査(以下「七年度調査」という。-甲五一の一~一六、五二の一~四八、五四、岡田証言)及び当審追加提出の平成八年度の調査(以下「八年度調査」という。-甲六一の一~一九七、弁論の全趣旨)によって得られた量販店における店頭展示率から推計した被告商品等の販売数量は、被告が自認する右販売数量を優に超えていると主張する(原告らの原審平成七年五月三一日付・当審平成九年八月一九日付各準備書面)。
しかしながら、量販店における商品展示の実態が原告ら主張のとおりであったとしても、限られた店舗(七年度調査は四八店舗、八年度調査は一九七店舗)における商品展示率からそれほど正確な被告の販売総数量の推計ができるとは考え難いし、その調査期間も極く限られたものであること(七年度調査が平成七年四月一日~同月一六日、八年度調査が平成八年六月八日~同年七月七日)も考慮すれば、右原告ら主張の販売数量推計方法を採用することはできない。そして、他に、被告商品等の販売数量が本判決損害計算書(一)、(二)の各1項で認定した販売数量を超えることを認めるに足りる証拠はない。
(2) 原告らによる本件商品及び本件替え刃の一丁ないし一枚当たりの販売利益額、すなわち、原告らが各年度(注1)の決算書の損益計算書を根拠に算定した原告らの各年度における利益率(注2)を各商品の売上高に乗じた金額(純利益の額)を販売数で除して得た額は、原判決別表3-1「本件商品利益計算書8寸目」、3-2「本件商品利益計算書265」及び3-3「本件商品利益計算書300」に記載のとおりである。そして、本件鋸柄一本当たりの販売利益額は、本件商品一丁当たりの利益額から装着された本件替え刃一枚当たりの利益額を控除することによって算定することができる。
注1 原告らの決算期は、いずれも毎年一二月一日から翌年一一月三〇日までであり、「年度」とは、前年の一二月一日から当該年の一一月三〇日までのことをいう。
注2 {売上高-全経費(商品仕入高+材料費+労務費+外注費+製造経費+販売費+一般管理費)}÷売上高=利益率
(3) 本件商品及び本件替え刃(以下「本件商品等」という。)の販売価格の方が被告商品等の販売価格よりも若干高いが、双方の研究開発費等の差を考慮すれば、被告は、被告商品等の製造、販売により一丁又は一枚当たり少なくとも原判決別表3-1、3-2及び3-3記載の本件商品等と同額以上の利益を得ているものと推認されることは、原判決一〇四頁五行目の「本件商品」から一二行目末尾までに示されているとおりである(ただし、六行目の「2-1」を「2-2」と、「被告商品及び被告替え刃」を「被告商品等」と各改める。)。
(二) そこで、右(一)(1)の被告商品等の販売数量に同(2)の利益額を乗じて、被告が被告商品等の製造、販売により得た利益額を算定すると、本判決損害計算書(一)、(二)の各2項記載のとおり、被告鋸柄関係が合計四八万五一二七円、被告替え刃関係が合計九四九〇万四九四五円となる。
(三) 被告が本件意匠権侵害(B品に属する鋸柄関係)により得た利益は、被告鋸柄の販売利益額のうち、被告背金相当分であるというべきところ、背金と把持柄の利益割合は、その材質等からして同程度のものと認めるのが相当である。そうであるとすれば、被告が右各侵害行為により得た利益の額は、右(二)の被告鋸柄の販売利益額に二分の一(〇・五)を乗じた二四万二五六三円であると認められる(本判決損害計算書(一)3項)。
(四) 本件商標権侵害(被告替え刃関係)の点については、被告の業界における地位及び営業努力(乙一ないし三、七二、広川証言)、被告標章の使用態様(原判決別紙被告替刃1ないし3に記載のとおり、被告標章は、被告替え刃の側面〔片面だけ〕基部側寄りの位置に、被告の登録商標で、かつ被告の商号の一部である「バクマ」を含む「バクマソー」の下方に小さく表示されていること〔乙五四、五五、七二、検甲二七ないし三八〕)や、商品自体の性質(被告替え刃は、回転着脱方式の替え刃式鋸用替え刃として、本件替え刃等の他社製品との間に互換性を有すること〔乙七二、広川証言、弁論の全趣旨〕)等に照らすと、本件商標権侵害(被告標章の使用)と相当因果関係のある被告の利益は、前記(二)の被告替え刃の販売利益額のうち二〇パーセント、すなわち右販売利益額に〇・二を乗じた一八九八万〇九八九円であると認めるのが相当である(本判決損害計算書(二)3 項)。
(五) 以上によれば、被告が右(三)、(四)の各侵害行為によって得た利益、すなわち原告らが被った損害は、合計一九二二万三五五二円(二四万二五六三円+一八九八万〇九八九円=一九二二万三五五二円)であると認められる。
この点につき、原告らは、当審(平成九年八月一九日付準備書面)において、仮定的主張として、被告替え刃の製造、販売による原告らの損害は、特許権等の専用実施権の標準料率である被告替え刃の売上高の三パーセントを下らず、平成二年三月一日以降平成九年八月三一日までの損害総額は、二〇〇〇万八八七五円(平成二年三月一日以降平成七年二月二八日までの損害一一九九万三七九〇円と平成七年三月一日以降平成九年八月三一日までの損害八〇一万五〇八五円との合計)を下らないと主張する。
しかしながら、その前提となる平成七年三月一日以降平成九年八月三一日まで(三〇箇月間)の被告替え刃の販売数量及び売上高を認めるべき的確な資料はないから、被告の右主張は採用できない。そして、他に、本件商標権侵害による原告らの損害が一八九八万〇八九円を超えるものであることを認めるに足りる証拠はない。
(六) そうすると、前示のとおり、原告らの間においては、本件商品等の販売利益につき、原告岡田金属が八、原告ゼット販売が二の各割合で配分取得する旨の合意がなされていたから、原告岡田金属が被った損害は一五三七万八八四一円(一九二二万三五五二円×〇・八=一五三七万八八四一円)、原告ゼット販売が被った損害は三八四万四七一〇円(一九二二万三五五二円×〇・二=三八四万四七一〇円)と認められる。
(七) また、原告らは、本件訴訟における弁護士費用(着手金二〇〇万円及び報酬金二〇〇万円の合計四〇〇万円)についても賠償を求めているところ、本件事案の概要、複雑性、審理経過、認容額等を考慮すると、前記各侵害行為と相当因果関係にある損害としての弁護士費用の額は、原告岡田金属が一五四万円、原告ゼット販売が三八万円と認めるのが相当である。
(八) 結局、原告らの損害額は、原告岡田金属が一六九一万八八四一円、原告ゼット販売が四二二万四七一〇円となる。
六 結論
以上の次第で、原告らの本訴請求は、被告鋸柄及び被告替え刃の製造販売の差止め(ただし、原告岡田金属関係)並びに原告岡田金属に対し一六九一万八八四一円、原告ゼット販売に対し四二二万四七一〇円の支払を求める限度で理由があるが、その余は理由がない。
よって、原告らの控訴に基づき、これと一部結論を異にする原判決主文第二、三項を変更し、被告の控訴は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する(なお、原判決別紙「被告物品目録」、同「A品に属する鋸柄の説明書」、同「B品に属する鋸柄の説明書」及び原判決別表1-1、1-4には誤記があるので、主文第五項のとおり更正する。)。
(裁判長裁判官 小林茂雄 裁判官 小原卓雄 裁判官 川神裕)
(別紙)
損害計算書(一)
1 侵害行為に該当する期間の被告鋸柄(B品に属する鋸柄。被告鋸柄に被告替え刃を装着して1つの商品としたもの=被告商品)の販売数量(原判決別表1-2をもとに計算)
平成5年2月12日から同年4月30日まで
(ただし、平成5年2月12日から同月28日までの間の販売数量は、正確には不明であるので、平成5年2月分の3分の2であると推定する〔1本未満切捨て〕)
(1) バクマソー250・8寸目(第四背金装着の鋸柄) 994本
(2) バクマソー265(第四背金装着の鋸柄) 5485本
(3) バクマソー300(第五背金装着の鋸柄) 1026本
2 被告鋸柄製造販売による被告の利益額
(1項記載の被告鋸柄の販売数量に本件鋸柄の利益額〔被告商品の利益額から被告替え刃分の利益額を控除〕を乗じた額)
(1) バクマソー250・8寸目(第四背金装着の鋸柄) 6万2622円
127円-64円=63円
63円×994本=6万2622円
(2) バクマソー265(第四背金装着の鋸柄) 34万5555円
109円-46=63円
63円×5485本=34万5555円
(3) バクマソー300(第五背金装着の鋸柄) 7万6950円
144円-69円=75円
75円×1026本=7万6950円
以上合計 48万5127円
3 被告鋸柄の総販売利益額に2分の1を乗じた額 24万2563円
48万5127円×0.5=24万2563円(円未満切捨て)
(別紙)
損害計算書(二)
1 侵害行為に該当する期間に被告商品(被告鋸柄)に装着されて販売された被告替え刃の販売数量(原判決別紙1-1、1-2をもとに計算)と被告替え刃単体での販売数量(同1-3、1-4をもとに計算)の合計
(1) バクマソー250・8寸目替え刃
平成2年10月1日~同年11月末日 1万7671枚
平成2年12月1日~平成3年11月末日 2万8398枚
平成3年12月1日~平成4年11月末日 3万4318枚
平成4年12月1日~平成5年11月末日 4万3177枚
平成5年12月1日~平成6年11月末日 5万9007枚
平成6年12月1日~平成7年2月末日 1万8161枚
(2) バクマソー265替え刃
平成2年3月1日~同年11月末日 5万7392枚
平成2年12月1日~平成3年11月末日 5万6420枚
平成3年12月1日~平成4年11月末日 9万7710枚
平成4年12月1日~平成5年11月末日 16万7519枚
平成5年12月1日~平成6年11月末日 22万2881枚
平成6年12月1日~平成7年2月末日 7万0376枚
(3) バクマソー300替え刃
平成2年10月1日~同年11月末日 1万2375枚
平成2年12月1日~平成3年11月末日 2万5931枚
平成3年12月1日~平成4年11月末日 3万1638枚
平成4年12月1日~平成5年11月末日 4万2957枚
平成5年12月1日~平成6年11月末日 5万7890枚
平成6年12月1日~平成7年2月末日 1万9908枚
2 被告替え刃製造販売による被告の利益額
(1項記載の被告替え刃の販売数量に本件替え刃の利益額を乗じた額)
(1) バクマソー250・8寸目替え刃
平成2年10月1日~同年11月末日
154円×1万7671枚 272万1334円
平成2年12月1日~平成3年11月末日
140円×2万8398枚 397万5720円
平成3年12月1日~平成4年11月末日
109円×3万4318枚 374万0662円
平成4年12月1日~平成5年11月末日
64円×4万3177枚 276万3328円
平成5年12月1日~平成6年11月末日
105円×5万9007枚 619万5735円
平成6年12月1日~平成7年2月末日
105円×1万8161枚 190万6905円
(ただし、この間の原告の本件替え刃の販売利益は明らかではないので、前年度と同程度であると推認する。)
小計 2130万3684円
(2) バクマソー265替え刃
平成2年3月1日~同年11月末日
122円×5万7392枚 700万1824円
平成2年12月1日~平成3年11月末日
100円×5万6420枚 564万2000円
平成3年12月1日~平成4年11月末日
79円×9万7710枚 771万9090円
平成4年12月1日~平成5年11月末日
46円×16万7519枚 770万5874円
平成5年12月1日~平成6年11月末日
76円×22万2881枚 1693万8956円
平成6年12月1日~平成7年2月末日
99円×7万0376枚 696万7224円
(ただし、この間の原告らの本件替え刃の販売利益は、弁論の全趣旨により、原告らの当審における平成9年8月19日付け準備書面添付別紙「本件商品利益計算書265」の「平成7年度」欄記載の「99円」であると認める。)
小計 5197万4968円
(3) バクマソー300替え刃
平成2年10月1日~同年11月末日
167円×1万2375枚 206万6625円
平成2年12月1日~平成3年11月末日
151円×2万5931枚 391万5581円
平成3年12月1日~平成4年11月末日
118円×3万1638枚 373万3284円
平成4年12月1日~平成5年11月末日
69円×4万2957枚 296万4033円
平成5年12月1日~平成6年11月末日
115円×5万7890枚 665万7350円
平成6年12月1日~平成7年2月末日
115円×1万9908枚 228万9420円
(ただし、この間の原告らの本件替え刃の販売利益は明らかではないので、前年度と同程度であると推認する。)
小計 2162万6293円
以上合計 9490万4945円
3 被告替え刃の総販売利益額に0.2を乗じた額 1898万0989円
9490万4945円×0.2=1898万0989円